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ツミデミックのネタバレ感想!「違う羽の鳥」を含む6つの短編小説集

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本記事ではツミデミックのネタバレ感想や、「違う羽の鳥」を含む6つのお話についてのあらすじをまとめています。ネタバレを含みますのでまだ読まれていない方はご注意ください!


一穂ミチ著「ツミデミック」

2023年11月22日光文社より刊行、「違う羽の鳥」を含む6つのお話から構成された短編集。第171回直木三十五賞を受賞したことでも話題になりました。

6つのお話はそれぞれ独立した内容となっているのでとても読みやすいです。

本のカバーは真っ赤な下地に菊の花が大きく描かれていてパッと目に付きやすく印象に残りますね。菊の花といえば天皇家の家紋にも使用されており、古代から日本では美の象徴とされているそうですがこちらの絵はどこか奇妙さや毒々しさを感じます…。

読了いたしましたのであらすじと共にネタバレ含む感想をまとめていきます。

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ツミデミックの概要(ネタバレなし)

ツミデミックは以下の6つの短編より構成されています。

  • 違う羽の鳥
  • ロマンス☆
  • 燐光
  • 特別縁故者
  • 祝福の歌
  • さざなみドライブ

それぞれコロナ禍で起こったお話を描いており、タイトルの「ツミデミック」は「罪」+「パンデミック」を掛け合わせた造語です。

あらすじ

6つのお話のあらすじを簡単にまとめていきます、ここではネタバレを掲載していません。

違う羽の鳥

週末の午後八時、多くの人でごった返す繁華街で客引きをする優斗は若い女と目があった。真っ赤なトレンチコートと尖ったハイヒールを身につけた明らかに強そうなその女は、優斗に近づくと「ひょっとして、関西の人?」と問う。

優斗が話すイントネーションからそれを汲み取ったらしい彼女、それをきっかけに優斗は仕事終わりに彼女と飲みにいくことになった。

お互いに名前も知らないので簡単な自己紹介をすると、彼女は「井上なぎさ」と名乗る。優斗はその名前に聞き覚えがあった。中学で委員会が同じだった少女と同じ名前である。

しかし自分の知っている井上なぎさは、既にこの世にはいないはずだった。

ロマンス☆

娘のさゆみを外に連れ出していた百合は育児に疲弊していた。夫の雄大は育児に協力的ではなく、むしろ早く仕事を探して働けと一方的で、何気ない世間話ですら夫とは困難な関係性だった。

俯いて歩いていると通りがかった自転車がこちらに近づいてきて、駆け抜けていく。ほんの数秒の出来事であったが、百合はその自転車に乗った男の顔を覚えた。なぜなら今まで見たどんな男よりも顔が整っていたからだ。男は「Meets Deli」とかかれたバックパックを背負っていて、コロナ禍で普及したフードデリバリーサービスの配達員であることが分かる。

家計は苦しいが、そのサービスを使えばいつかまた会えるかもしれない。もちろん夫には秘密にして、百合は自転車に乗った名も知らぬ男との再会を望むが、その行動は徐々に狂気に満ちていく。

燐光

「立ち別れ いなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む」

学校にある松の木にはまれに三本の松葉があり、この和歌を紙に書いてセットで木の根っこに置き願掛けすると失くしものが見つかるというおまじないがあった。

松本唯は気付くとその松の木の下にいて、しかしなぜここにいるかが思い出せない。足元には願掛けがされた三本松葉とルーズリーフが置かれている。下校中の生徒たちの声が聞こえた。その生徒たちは、昔の豪雨被害で行方不明になったある生徒の話をしているらしかった。

遺体すら出てこなくて可哀想だということで、その生徒の一人が先ほど見た願掛けをしたらしい。

しばらくして豪雨被害で行方不明となったのは唯自身であることに気が付いた。

特別縁故者

昨今の「ご時世」により飲食店の職を失った恭一。緊急事態宣言やまん防が軒並み発令され、新しい仕事も一向に決まる気配がない。公園で遊ぶ息子の隼を迎えにいくと、家から少し離れた古い一軒家に行っていたという。遊んでいたスーパーボールがその家に入ってしまい、住んでいるおじいちゃんの許可を得て取りに行ったところ、ついでに上がらせてもらえたらしい。

おじいちゃんの肩揉みをして、お礼に何かが入った缶をもらったと隼は喜んでいた。缶の中には聖徳太子が描かれた一万円札が入っていたので、恭一は驚く。

たんすから出されたというその一万円札は、隼いわくまだいっぱいあったらしい。

そこで恭一はあることを思いつき、おじいちゃんの住む一軒家を訪れるのだった。

祝福の歌

達郎と美津子は結婚して20年余り、17になる娘の菜花と3人で暮らしている。ある時、菜花の妊娠が発覚した。しかも相手は同じ高校に通う同級生。もちろん学校に通いながら子育てをするのは難しく、美津子は出産に反対するも当の菜花は産む気満々で度々衝突し、口では敵わない達郎は何もできずにいた。

達郎は勤め先に行く途中、月に1回か2回ほど母親が住むマンションへ立ち寄る。そこで母親が気になることを話していた。隣に住む近藤さんの様子がおかしいらしい。以前はお腹に赤ちゃんがいると話していてとても幸せそうに見えたが、最近はやつれていて会っても逃げるようにその場を後にし、まるで人が変わってしまったかのようだという。

その日は菜花と共に母親の元を訪れていた。達郎は職場へ向かうため先にエレベーターを待っていると、隣の部屋から女が半身を出していた。扉の前にある置き配の段ボールを取ろうとしていたようだ。

何気ない光景だが目が釘付けになったのは、その女の顔つきがどう見ても異常だったからだ。

さざなみドライブ

郊外にある駅へと集まった5人。年齢も性別もばらばらで名前すら知らない。しかしこの5人はある共通の目的を果たすため、ツイッターで知り合い今日この時間に集合することとなった。その目的は一緒に自殺をすること。

5人はそれぞれツイッターで「キュウリ大嫌い」「マリーゴールド」「あずき金時」「毛糸モス」「動物園の冬」という名前でアカウントを使っており、リアルで初めて会った今日もその名前で呼び合う。

「動物園の冬」が運転し、5人は自殺をすべく人目のつかない山奥へと移動を開始。到着まで少し時間があったので、5人はそれぞれの自殺をしたい理由を話し始める。皆が思いの丈を話し、いざ目的地へ到着するとそこにはすでに一台の白い車が。

「動物園の冬」が白い車を見てくるといい、外へ出る。怪しい白い車の正体とは。

ばらばらの人生を送った5人の命は、今日終わりを迎えることができるのか。

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ツミデミックのネタバレ感想

ここからはツミデミックのネタバレ含む感想を記載しますので、まだ読まれていな方はご注意を。どれもクオリティの高い短編で、コロナ禍というパンデミックに少なからず影響を受けた人物たちが描かれていました。

結末はバッドエンド?

個人的な感想としては前半3つはバットエンド(というか暗い終わり方)、後半3つはハッピーエンド(未来に少し希望を見出せる終わり方)に感じました。

「違う羽の鳥」について

優斗の同級生であった井上なぎさは学生時代に線路に飛び込んで死んでいます。優斗は仕事終わりに声をかけられた女とバーへ向かい、彼女は井上なぎさだと名乗りました。

なぎさの自殺理由は母親にあり、嫌気が指したなぎさは自殺を考えると共にどうすれば母親を苦しめることができるかを考えて、ツイッターである理想の友達を作りました。

「井上なぎさとして死んでくれる子」、自分に似た体型で失踪しても親や警察が騒がず、死にたいと思っている子をツイッターでみつけたといいます。

自分が死んで終わりではなく、母親に仕返しをしてやろうと考えるところに恨みの強さが伺えますね…。

案の定、完璧主義だった母親は死ぬほど苦しみ、なぎさが死んだ事故現場近くの踏切に夜な夜な現れて「踏切ババア」として都市伝説化されてしまいます。

酒を飲みながらその話を聞いた優斗は酔いが回り気付くと眠りに落ち、目が覚めてからバーテンダーと会話しますが一緒にいた女など最初からいなかったということを聞かされます。しかも酒を飲んでいたのは2階のはずなのになぜか1階へと移動しています。

果たしてあれは本物の井上なぎさなのか、それとも名前を語る別者か、あるいは幽霊か。結局彼女の正体は明かされていません。

母親の異常な教育方法もゾッとしますが、井上なぎさの仕返しに鳥肌が止まりませんでした…。いや普通に怖い話…夜に一人で読んではいけません。

「ロマンス☆」について

「Meets Deli(以下ミーデリ)」の配達員であるイケメン男性との再会だけを楽しみに生きる百合。ミーデリを利用し続ければ、いつかあの男性が配達に来てくれるかもしれない。

気づけばその強すぎる思いは狂気へと変貌。夫にバレるわけにはいかないため、コロナ禍で自宅にいる娘のさゆみには睡眠導入剤を入れたジュースを飲ませてミーデリを利用する有様。

ここまで来るとすでに百合の感覚はおかしくなっているようですね…。

ある日もミーデリを利用し、玄関先に商品が置かれたのを確認すると共にドアを開けると、何者かにドアが制止されます。正体はこれまでたまに配達に来ていたTakuyaという人物で、彼は百合がかなりの頻度でミーデリを利用していたのは、自分のことを好きだからだと思い違いをしていたのです。

百合は抵抗しシューズボックの上にあったガラスの花瓶でTakuyaの頭を何度も殴って殺害。最後は当時の状況を百合が説明する形で終わります。そこでは拘置所の食事が口に合わないためデリバリーをお願いしたいと語っていました。

希望を見いだせないあまり、赤の他人を支えに生きることとなった百合。ミーデリはその思いをイケメン男性に届けてはくれず、人生をめちゃくちゃにしました。

お話の始まりは育児を頑張る立派な母親でしたが、終わりでは殺人犯となり語り口も変わってまるで別人です。歪んだ愛は時に人を侠気の沙汰に落とし込むということを、まじまじと感じさせられるお話でした。

「燐光」について

松本唯は豪雨被害で死んだことはわかったもののどのように死に至ったかの記憶はありません。唯の遺骨が見つかったことで、当時の担任だった杉田と親友である登島つばさは唯の家へと訪れます。

家にいた母親含む3人の会話を聞くにつれて徐々に当時の記憶が蘇ります。2階にある自分の部屋へと3人は移動し、杉田から「松本とふたりにしてほしい」とお願いされ母親とつばさはリビングへと戻ります。

これだけ聞くと生徒思いの良い先生だと感じますが、亡くなった生徒とふたりにしてほしいなんて言われると少しおかしい気もします

その後2人は思い出の地である高校へ行くことに。例の松の木の話をする最中、つばさは杉田に二つ折りの携帯電話を見せます、それは唯が当時使っていた携帯電話でした。

中身を確認したつばさは唯と杉田が恋仲であることを知ります。当然バレたら教師はクビ。しかし唯はその後妊娠しており絶対に産むと意思を曲げず、死んだあの日に駆け落ちをする約束をしていました。

唯の部屋で1人にしてほしいと言ったのは唯一の証拠となるこの携帯を探すため。激昂した杉田がつばさの首を締めにかかると、つばさは冷静にバックから包丁を取り出して杉田の脇腹へと突き刺します。

ここまでの流れから話は急展開、まさかつばさが杉田を殺してしまうとは…。

ここで唯はすべての記憶を思い出します。駆け落ちの当日、豪雨の中待ち合わせ場所の橋へ向かう途中にたまたますれ違ったつばさと会話を交わしたこと。駆け落ちするための軍資金として用意したかばんの中の分厚い封筒を見せた直後、つばさはかばんをひったくり唯を強く突き飛ばして川へと落としたこと。

助けてと叫び続けると杉田の乗った車が見え安心感を覚えますが、降りてきた杉田は無表情のまま石のような硬いものを唯へと投げつけ、唯はそのまま濁流へと流され命を落としました。杉田にとっては唯の存在をなかったことにできる絶好のチャンスだったんですね。

親友のつばさだけでなく、愛していた杉田にすら裏切られ命を落とすことになった唯には味方が誰1人としていなかったんです。金への執着心が強いつばさや、周りの目を気にする杉田はまさに現代の社会を象徴する人物像ではないでしょうか。人間の恐ろしさをリアルに描いた、これまた良い意味で後味の悪い作品だったと思います。

「特別縁故者」について

一万円札をもらってきた隼の話を受けて、恭一はおじいさんの家へ訪れることにしました。そこには佐竹という愛想が良いとは言えないおじいさんが一人で暮らしており、万札は燃えてしまったと嘘をつくと佐竹は構わんと気にも止めない様子。

恭一はひょんなことから近くにある「なごみ亭」の弁当「日替わり定食」を定期的に買ってきて欲しいと佐竹に頼まれます。

仕事がなく貯金も減り続ける中、思わぬアルバイトと出会い恭一自身も悪い気はしなかったでしょうね。

その夜、ツイッターを開くと「特別縁故者」という単語が目に写ります。身の回りの世話をしていれば財産分与の対象となる場合がある。恭一は金持ちであろう佐竹の特別縁故者になることを静かに誓うのでした。

時は流れて大晦日。恭一は妻の朋子と些細なことで喧嘩をして、佐竹の元を訪れます。そこで恭一は朋子から電話を受け、子宮筋腫で倒れてしまい病院にいること、そして借金があることを告げられます。これまで仕事もせず借金を妻ひとりに背負わせた罪悪感から、恭一は佐竹に金を貸して欲しいと懇願。しかし佐竹はこれを拒否し、家を追い出されることに。

仕事もなくて、しかも借金があった。一家の大黒柱としてはこの事実に直面したらますます焦りを感じることでしょう。

お母さんに会いたいと繰り返す隼に怒鳴りつけると隼は大泣き。やがて泣き疲れたのかそのまま眠りに落ち、恭一もこれからのことを考えたまま眠りに着きました。

やがて隼に起こされた恭一は、佐竹の家に悪者が入っていったと聞かされます。佐竹家の門の前に見慣れないSUVが止まっていました。どうしたら良いのかと考えた末、こんな時は注目を集めればいいのだと思いついた恭一は夜中など気にせず魔法瓶を返せと声を張り上げます。するとSUVから出てきた男が恭一に殴りかかり、そこで意識が遠のきます。

気がつくと病院におり、軽症を負ったものの大事にも至らず、犯人は無事に逮捕されたとのことでした。家に帰ると佐竹の顧問弁護士と名乗る女性が訪れ、彼からの伝言を聞かされます。内容は「家の家賃は管理会社に話を通しておく」「借入金に関しては彼女が相談にのる」「入院中の配偶者はソーシャルワーカーに相談した上で解決できない問題があれば彼女に連絡をすること」ということでした。

彼女に佐竹は何者か問うと、ここら一帯の地主であり飲食チェーン店「なごみ亭」の前社長であることを聞かされます。彼女は最後にあの時の魔法瓶も返して行きました。

遊びに出ていた隼が帰ってくると、おじいさんから手渡されたという鳩サブレーの缶を渡してきます。中身は帯付きの聖徳太子の束と茶封筒に入った手紙が一通。手紙には仕事の紹介と温かい言葉が綴られており、恭一は噛み締めるように缶を抱きしめました。

え、なんかめちゃくちゃ良い話じゃない!?そうなんです。前の3つのお話と同じ短編集に記載された内容とは思えないくらい、心温まる感じで終わるんです。良い意味で拍子抜けですよ、こちとら次はどんな展開が待っているのかとドキドキしていたのに…いやほんとおじいさんを殺す展開にならなくて良かった…。

佐竹は不器用ながら恭一を応援していたんですね、しかも地主で飲食チェーンの元社長。恭一の運はまだ尽いてはいないようで、むしろここから上がっていく気配すら感じます。

「祝福の歌」について

達郎と美津子の娘である17歳の菜花は、同級生の堀くんとの間に子供を妊娠中。達郎は夜勤の仕事をしていて、出勤前にたびたび近くのマンションに住む母の元へ様子を見に行くことにしていました。この日、達郎は母から隣の部屋に住む近藤さんの様子がおかしいことを聞かされます。

隣の504号室に引っ越してきた近藤夫婦は、来年には子供が生まれる予定だと幸せそうに話していたそうです。子供に何かあったのか、母の元を後にした達郎は気になり504号室の前へ行くと、「近藤久寿 鈴香」のプレートがかかっていました。

幸せそうに見えた夫婦の様子がおかしい、何かがあったことは間違いなさそうですがなんだか嫌な予感がしますね。

翌日、達郎が母の部屋から出ると、隣の504号室から鈴香と思われる人物が置き配の荷物を取るところに遭遇。その姿はまるで幸せそうとは思えない、異様な見た目をしていました。達郎に気がつくとすぐに部屋へと戻り、強めに施錠されます。

その日から達郎は、白い二本の手に首を締め上げられる夢を見ることに。その後も同じ夢を見るようになってしまい、職場の後輩からは昔の出来事が起因しているかもしれないと話されました。

ある日、寝坊をしてしまった達郎は菜花だけ母のマンションへと送り職場に向かおうとすると、あの鈴香が近づいてきます。「……やめてもらえませんか」鈴香は達郎に自分の家の詮索はやめろとはっきりした声で言います。

生気をなくした人物にはっきりとものを言われるだけでもゾクッとしますが、詮索されていると思い込んでいる鈴香の迫力は相当ものだったことが想像できますね。

恐怖を感じながら車のエンジンをかける手前、堀くんの父親から電話があり胎児のDNA鑑定をしてほしいと告げられます。達郎はふざけるなと一蹴、怒りが収まらないまま出産はやめろと菜花に伝えるため母の部屋へ。しかしそれを聞いた母は激怒し、そのままマンションを追い出されてしまいます。

その日の仕事は身が入らず早退を余儀なくされ、着替えていると美津子から電話が。母がマンションの階段で転び、病院に運ばれたといいます。病院のロビーにいた美津子と菜花は、母は足首が折れ頭も打ってぼんやりしているので今日はそっとしておいたほうがいいと話しました。

いつもエレベーターを使うはずが、なぜ今回は階段を?マンションの管理人の話では、監視カメラに階段から走り去っていく人物が映っていたそうです。達郎は間違いなく鈴香であることを確信し、母に真実を確かめようと考えます。

転んだ拍子に落としていた母の財布には献血カードが入っていました。そこで達郎は母がAB型であることを知ります。自分はO型でAB型からは生まれるはずがありません。50歳の達郎はこの時、初めて母と血の繋がりがない事実を知ります。

事件の香りがぷんぷんしていますが、それと同時に母と血がつながっていないことも明かされびっくりです。一体どんな展開が待ち受けているのか、ここから凄い勢いで一気に読み進めてしまいました。

翌朝母のマンションへ荷物を取りに行くと近藤夫婦が立っていました。鈴香は詫びながら久寿と共に地面に手をつきます。母は自分で転んで落ちたと話していると伝えると鈴香は泣き出し、夫の久寿からある事情を聞かされました。

鈴香は元々妊娠しておらず、妊婦を装っていたといいます。子宮の内膜が薄く、妊娠には耐えられない身体でした。しかしパンデミックによって先行きが不安になる程、子供がほしいという想いが強くなり代理出産を望みますが、日本では代理出産が認められておらず、海外でそれを実行に移していました。

その国はウクライナ。現在ロシアと戦争状態にあるその国では、代理出産によって娘が生まれてすぐ侵攻が始まり、「さくら」と名付けられた娘は行方不明に。代理母と共にポーランドへ無事避難していましたが、家族全員を空爆により失った代理母は一転、さくらだけは絶対に渡さないと言い張ります。それを聞いた鈴香は錯乱し、表に飛び出すと達郎の母がいて声をかけられますが、乱暴に振りほどくと母は階段から落ちてしまいます。

ロシアとウクライナの戦争の影響が、まさかこんな形で日本に届くとは。読み進めている最中はまったく予想だにしていませんでした。人が死ぬだけではなく、こうしたところにも戦争の被害を受ける人がいるんですね。この物語はフィクションとは言え、やはり戦争は恐ろしい。

近藤夫婦と会ったことを母に話すも、彼女は自分で足を滑らせたと一点張り。呆れる達郎を他所に母は、唐突に達郎の本当の母親について話し始めます。達郎の母親は病気ですでに亡くなっており、2歳の息子を男手一つで育てるのは難しいと父親が新たなパートナーを探した結果、結婚したのが現在の母でした。

母の家のクローゼットには本当の母親の形見が入っていて、その中のカセットテープには達郎が1歳の誕生日を迎えた当日、病室にいる母親が映っていました。彼女はきれいな声でハッピーバースデートゥーユーを歌い上げます。それを見た達郎は思わず涙を流し、何度もその歌声を聞き直すところで終わりを迎えます。

タイトルの「祝福の歌」は、本当の母親の歌声を指しているものと思われます。ここですべての伏線が回収されるのですね。お腹の中に赤ちゃんがいる菜花も、子供が欲しい近藤夫婦も、本当の母親のことを知った達郎自身も、様々な想いがあってこれから生活をすることになりますがとにかくみんな幸せに生きていって欲しいですね。

ただ、達郎の夢に出てきた白い手の正体は最後まで明かされていません。昔の記憶が起因しているとなると、このきれいな声で歌っている母親がしていたことなのでしょうか。まあそのことも今の達郎にとってはどうでもいいことかもしれません。

「さざなみドライブ」について

自殺を目的にツイッターで知り合い駅へと集まった5人。物語の主人公となる「キュウリ大嫌い」、二十代後半くらいの女性「マリーゴールド」、若い少女「毛糸モス」、中年の「あずき金時」に、最年長で腰の低い「動物園の冬」。

5人は「動物園の冬」が運転する車に乗り、目的地である山奥へと向かいます。アカウント名で呼び合うことに違和感を感じた「動物園の冬」は、自分の名前は毛利であると話しました。車には毛利が用意した練炭と七輪が積んであり、自殺の準備は万全。

毛利が募った「死に仲間」の条件は「パンデミックに人生を壊された人」でした。

まさに短編集の集大成のような条件ですね。これまでのお話でも微かに感じていたコロナウイルスによるパンデミック、ここにきてどーんとメインテーマとして取り上げられます。

5人はそれぞれ自殺を決断するに至った理由を語り始めます。「あずき金時」こと遠藤三雄は元々俳優でしたが、緊急事態宣言中にバーで酒を飲んで大炎上していました。毛利は妻がかなりの反ワクチン派であり、怪しい水や機械にのめり込んで全財産を失ったと語ります。「マリーゴールド」は看護師で、病院で働くが故に病原菌扱いをされ誰も信じることができなくなりました。「毛糸モス」は始め18歳だと話しますが本当は12歳、自分の顔が吐きそうになるくらい大嫌いで、マスク社会が終わりを迎えそうな現在に絶望を感じています。

全員がパンデミックに少なからず影響されて死を選択する。どの理由もとてもリアルで、確かにそうなる可能性もあるよなと考えさせられます。特に毛糸モスが悩んでいるマスク社会、コロナ禍の学校生活では入学から卒業までマスクのせいでほとんど友達の顔を見る機会がなかったという話を聞いたことがあります。自分の顔が嫌いな人からすると、マスク社会はある意味救世主だったんですね。

そして最後にキュウリ大嫌いは、このパンデミックは自分が引き起こしたものだと経緯を話し始めました。

彼は売れない小説家。小学5年生の頃、ノートに書いた物語をクラスメイトの児玉が読み上げてつまらないとゴミ箱に投げ捨てました。そこでいじめっ子が転校を機にいじめっ子へと降格する物語を書くと、児玉は一週間後に転校します。次は大学4年生の時。なかなか仕事が決まらない自分に対して、親戚が小説ばかり書いているからと馬鹿にしてきたことで、男が職場の金を横領した挙句、借金を背負い家族に捨てられる物語を書くとこれも現実に。馬鹿にした親戚は横領が発覚し会社をクビになりました。

そして最後は4年前。小説原稿を担当編集者が紛失したにも関わらず、自分がコピーを取っていないのが悪いと責任を擦り付けられます。書き進めたのは未知の感染症が流行し、その担当も生死の境を彷徨うという物語。

キュウリ大嫌いはどれも勢いで書いた物語故に自分ではどうしようもなく、ネガティブな内容ばかりなのでいっそ死んでしまおうという結論に至りました。他の4人は普通に考えてただの偶然だと感じますが、その普通が通用しないくらい5人はそれぞれ思い悩んでいるのでした。

まるでデスノートのようなお話ですね、自分の書いたフィクションがノンフィクションへと生まれ変わる。羨ましい能力だと思う一方でキュウリ大嫌いはこれを制御できておらず、自分の好きなように物語を書くことはできません。もし自分が死ぬ物語を勢いで書いてしまったら…。

目的地に到着しますがそこにはすでに別の白い車が停車中。ドアの継ぎ目には透明な粘着テープが貼り付けてあり、文字通り「先客」であることが伺えます。毛利が白い車の様子を見てくると、案の定車内で亡くなっていたと話します。

そこでマリーゴールドは今日の自殺を中止することを提案。全員が同意し計画は延期となりました。緊張感が走る中、毛利が迎えにくる際に買っていたというバタフライピーのお茶を皆に配ります。やたら甘いそのお茶を飲むと、キュウリ大嫌いに強烈な脱力感が襲います。そしてまったく無表情の毛利と目が合い、そのまま気を失うのでした。

あんなに良い人そうに見えた毛利の無表情、考えるだけで鳥肌が立ちます。彼の目的は一体なんのでしょうか。

「キュウリ大嫌い」が気がつくと、毛利以外の3人の姿が見えます。どうやら毛利が薬を盛ったらしく、マリーゴールドは何かを察しお茶を飲んだふりをしていました。その洞察力に驚いていると、マリーゴールドは実は自殺志願者ではなく、自殺志願者をSNSで見つけてはそれを止めていると話します。「動物園の冬」とDMでやりとりした際、やけに手慣れている感じが気になり今回参加したというのです。

白い車もおそらく毛利の仕込み、わざと自殺を思いとどまらせてから殺すのを眺めていたかったのではないかとマリーゴールドは推測します。お茶を飲んだ後、毛利は七輪と練炭を準備し始めていました。そこでマリーゴールドが位置情報を警察と共有していると話すと、例の白い車に乗って逃げていったと言います。

最後にマリーゴールドはキュウリ大嫌いに大好きなものを聞きました。カニクリームコロッケと答えると、私も大好きと反応します。そして次に書く物語は一瞬で人類が滅亡するものでお願いとリクエストし、キュウリ大嫌いは努力してみると答え物語は終わります。

結果として誰一人死ぬことはなく、ハッピーエンドとは言えませんがマリーゴールドによって3人は救われることとなりました。改めて振り返ると、まるでパンデミックが最高潮に達し、徐々に落ち着きを取り戻す様を描いたかのような話の進行に感じます。4人にとってパンデミックに当たる人物が毛利ということになりますね。

もしかしたら、毛利は今日も誰かと自殺計画を進めているかもしれません…。

パンデミックが収束していくかのよう

前半3つは少し怖い終わり方、後半3つは多少明るい終わり方のように感じました。本作の一つのテーマとなっているのが昨今世間を騒がせたコロナウイルスによるパンデミック。2024年8月現在は以前に比べてだいぶ世間も落ち着きを取り戻し、緊急事態宣言が発令されることも無くなりマスクを着用する方もかなり少なくなってきましたね。

このようにパンデミックの襲来から現在の収束に掛けて希望が見えてきたように、この短編集全体を通すと読むにつれて希望を見出せるようなお話が続いている構成になっているのではないかと感じます。最後のお話「さざなみドライブ」も完全なハッピーエンドとは言えませんが、始めの「違う羽の鳥」に比べると読了後の後味の悪さは消えています。

お話自体の面白さももちろんですが、読了後にこうした構成を改めて振り返ってみると色々と計算されている作品なのではと推測できる。やはり直木賞、文章以外でも驚かせてくれるなぁと。

これだから読書ってやめられないですよねぇ。

本当にあった話かもしれない

この本に書かれているお話は全てフィクションですが、まるで現実に起こったかのようなリアルさを感じます。それは登場人物の心情や裏側が描かれていることに加えて、やはりコロナ禍という現代を生きる全ての人々が痛感したパンデミックが垣間見えるということが起因しているのでしょう。

特に5つ目の「祝福の歌」については、ロシアとウクライナの戦争も関わってきていますからね。誰もが知る出来事に影響された人々のお話となれば、リアリティを感じざるを得ないでしょう。もしかしたらお話以上の悲惨な出来事が現実で起こっている可能性もあります。

罪を犯すのはもちろん良いことではありませんが、コロナ禍にならなければ今まで通り平和に生きることができていたのではないかということを考えると、やはりパンデミックというのは恐ろしいものです。

このまま収束に向かい、世界も平和になっていくことを願うばかりですね。

まとめ

今回はツミデミックのネタバレ感想と「違う羽の鳥」から始まる6つの短編のあらすじをまとめました。

どこかゾクゾクするところもあり、ハッピーエンドともバッドエンドとも取れるお話たちに釘付けになること間違いなし。

直木賞受賞作は伊達じゃない、少しゾッとしたお話が好きな方や短時間で読書を少しずつ楽しみたい方におすすめです。

本記事が少しでも多くの方の参考となりましたら幸いです。

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